ヒストリー

クラブ沿革

受け継がれた伝説のティに立つ

紫といえば、武蔵野が浮かんでくる。
紫草と武蔵野の土とは、それほど、切っても切れない縁である。
新しいこヽのコースの名称を『紫』と名つけようではないかといふ。
誰がふと思ひついたのやら優しいゴルファーもあるとほヽ笑まれた。 紫。日本的な香ひがする。

いまはほとんど見るのも稀になってしまったと聞くが、その一草の紫の根をこヽのコースにおろしたつもりで、みんなで大事に健康のための野を培(つちか)ひ合って行かうではないか。
烈しい近代の呼吸の中ではあるが、せめて肺いっぱいな新鮮が吸える所として紫コースの明朗な春秋をいつまでも祈ってやまない。

吉川 英治「紫コースの発見を祝して」書翰より
永世会員 故吉川英治氏
(作家/文化勲章受章者/コース命名者)

吉川英治

吉川英治(1892~1962年)

小説家。文化勲章受章者。
様々な職に就いたのち、作家活動に入り、「鳴門秘帖」などで人気作家となる。
1935年(昭和10年)より連載の「宮本武蔵」は広範な読者を獲得し、戦後は「新・平家物語」「私本太平記」などの大作を発表。幅広い読者に愛され、「国民文化作家」と呼ばれた。
紫カントリークラブの命名者で、永世会員。

紫コース発足を祝して

「紫コースの発足を祝して」書論銅版
<クラブハウス2階にて展示>